W&S 100Bloger発掘プロジェクト
Skip to content

カテゴリー: ブログ

今だからこそ39 (八)四日市萬古焼8明治期の四日市萬古焼の名工たち2

「圓相舎」   小川半助  手捻り名工三助の中では、一番遺作品が多い。 ほとんどが煎茶器(急須、湯ざまし、煎茶盌)である…

Comments closed

今だからこそ37(八)四日市萬古焼  7明治期の四日市萬古焼の製陶法 3

(七)本焼成工程   当初は噴出窯と称し、平地窯と登り窯があるが、共に煙突が無かった。明治末年には煙突が作られる様になっ…

Comments closed

今だからこそ36 (八)四日市萬古焼 7明治期の四日市萬古焼の製陶法 2

(3)手捻り成形  イ、ひねり出し成形    手捻りひねり出し成形による急須の類の明治二十年ごろまでの作品は、粘着力の強…

Comments closed

今だからこそ33 (八)四日市萬古焼 6明治期の四日市萬古焼の原料 2

一、白土  羽津の木半(藤井半右衛門)の所有に係る垂坂山で採掘製土した。  この原料土は灰白色で粘着力強く、鉄分少なく、…

Comments closed

今だからこそ32 (八)四日市萬古焼 6明治期の四日市萬古焼の原料

 山中忠左衛門の試作期には、有節萬古の主原料である朝日町小向の名谷山の白土、赤土を取り寄せて使用していたようであるが、そ…

Comments closed