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古萬古はうつくしい 15


おはようございます。

 

実は、昨日受けたセミナーの講師先生が、ブログを365日書かれているよし、知りまして、少しは見習わなくてはアップ と気持ちアップしましたが、そうは問屋が卸さない(古!!)わけで、なかなか気合いどうりにはいきませんが・・・・・長文は駄文の見本みたいに続けています・・・・・

 

少しでもアップ!!

 

 

ということで、前回の前に戻って お勉強を続けます。

 

 

まず、私の確認メモから。

 

古清水  こきよみず

 

  これは、古萬古と同じように、京都の清水焼の古い時代のもの、だろうな、と思いましたが世界大百科事典にてチェックしました。

 

以下は世界大百科事典 ≪京焼≫より

 

……仁清は1656-57年(明暦2-3)ごろから本格的な色絵陶器を焼造した。その典雅で純日本的な意匠と作風の陶胎色絵は、粟田口、御菩薩池(みぞろがいけ)、音羽、清水、八坂、清閑寺、など東山山麓の諸窯にも影響を及ぼし、後世≪古清水 こきよみず≫と総称される色絵陶器が量産され、その結果京焼を色絵陶器とするイメージが形成された。一方、1699年(元禄12)仁清の陶法を伝授され洛星鳴滝も泉山に窯を開いた尾形深省(尾形乾山)は、兄光琳の絵付けや意匠になる雅陶を製作し、≪乾山焼  けんざんやき≫として広く知られた。・・・・・・・・・

 

とありました。だいぶ以前になりますが、光琳、乾山兄弟 のことは調べて記載いたしましたが、こうしてなんかいとなく登場していただくと、親しみも湧くし、時間的な感覚もわかってきますね。

 

前回のなかで、白掛け という表現があり、なんとなくはわかっていますが、念のため 白掛け 検索してみました。

 

画像がいくつかでてまいりましたが、現在のものですが、「萬古焼」の写真にでくわしましたので、参考までにアップいたします。

 

 

 

 

この陶器は「萬古焼白掛けチョコワイン」とありました。

 

チョコ色 白色釉薬を上掛けしてあるワイングラスということですよね。

 

具体的ですっごくわかりやすいです!!納得。

 

ではでは 学びの続きです。

 

 

 「御室乾山」 とは、初代乾山とは別人の、御室に住んでやはり 乾山 を名乗った陶工で、作品に 「御室乾山」 の銘印を捺した。

 萬古堂三世浅茅生隠士三阿 という人物も、一向に聞かない人物で、要するに不審の文書であるが、乾山の陶法をうけているという点では異論がない。

 

 弄山の作陶がはじめ、茶人の手すさびから発しているので、ことに当初のものには、楽、唐津、伊賀、志野、織部など、種々の写しものが多かった。茶人の間で好評を博したというが、なかなか素人離れがしていて、アマとしては上乗である。御大家の旦那芸の域を脱している。

 

 

         古萬古古清水風手鉢「萬古」銘印あり

 

この種の茶陶の写し物には、主に弄山自身の作が多かったかと思われるが、古萬古独特と言われる精巧な盛蓋瓶は、おそらくベテランの陶工によるものだろう。

 京焼でも盛蓋瓶は、余り見かけないし、稀にあっても旨くない。輪花の雪輪鉢も、古萬古特有のものだろう。赤絵は古萬古の特色で、手法においては京焼と通じているが、意匠の上では異なった印象を与える。 

 普通窓絵は通例の中国風な楼閣山水文様であるが、周囲の地文を更紗文様でうずめている場合が多い。 

 また花更紗を大きく主文にしたのもある。それが何か異国情調を漂わせて、従来の国焼陶器には見られない魅力を人々に与える。

 安永、天明の頃には、 「華布(さらさ)便覧」 とか、 「更紗図譜」 とか、更紗の図案集が出て世に迎えられたが、この新奇な文様を陶器に取り入れた斬新さが好評を博したようである。

 

 

またまた、調べもの、しらべもの、でございます。

知ることは本当に 刺激的で、嬉しいことですね。

ばんこグランマ  数馬桂子

 

 

 


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